ホテルもここ数年で変わってきたアホウドリ湾リゾートホテルも本当のリゾートに変わってきている。
まあこのあたりではといういみであるが。食い物は朝はスーパーで買ったヨーグルトと
ちょっとした食い物でしのぎ昼は船の上でのランチ 夜はレストランで何か飲みつつ
ステーキを食べる。味もそうそう悪くはない。しかし。注文してからの時間がヒジョーに
長いのである。確かにゆっくり食べるほうが健康に良いかもしれないがこれは
長すぎである。
しかし特筆すべき点は塩気が圧倒的に薄い。日本のそれはかなり味が濃いが
ここのは翌朝体に響くほどの食事ではないのである。日本に帰って思ったことは
この国の食事は味が濃すぎる」。ということである。

ハイリバー側から船を下ろしハイリバーへと向かう。最近この上流が彼らのお気に入りである。
今日の潮から言えば午前中はチャンネル午後からよければブッシュというところだろう。
予想どおり下げ五分あたりから潮止まりまでを釣ることになる。やや範囲は広いがチャンネルの釣りと
いえるだろう。こういった場所は特にストラクチャーがなければ何を使っても釣れる。

フィンガーマークは淡白でおいしいと評判である。
私はチンパンを使ってみる。ここ数回使っているがこのタイプはこういった場所で大型の魚を呼ぶことが
多い。ただ多くをつるならフローティングの9センチのプラグがお勧めである。サスペンドもよさげだが
出来ればある程度の浮き上がりをみせるもののほうがよい結果をだせそうである。
つまりポイントに対して横移動をあまりせず。縦に動くものに反応がよいのである。


しかしフィッシュイーターの常として一旦狙いが付いたらどうやっても食うので
そのあたりはただ引きしようが止めようがどっちでもよいとおもう。



平均的に使えるプラグの代表としてアイルマグネットがある。あくまでノーマルとして
という意味である。私がここ数年使っているのがアイルマグネットの9センチミディアムダイバーの
シンキングモデルである。このタイプはノーマルだと使い物にならないが改造すると
とてもよいルアーになる。キャスト時に伸びがありポイントに打ちやすい。
ダイバータイプでありながらあまりカーブせず真っ直ぐ狙えるルアーである。
ただひとつ腹の8カンが抜けやすい。

20匹ほど釣り上げてランチタイムである。2年目の釣り人はかなりコツを飲み込んで
いい感じに釣りが出来ている。ただどこで更にスキルを伸ばすか?が問題であるが。
通常1回目のツアーで自分のポテンシャルの低さに愕然とすることが殆どである。
キャストからランディングまで一連の動作でだめな部分が浮き彫りになる。
通常慣れてくるのが3日目あたりからで5日目ともなるとかなりいい感じになってくる。
せっかくいい感じになったのにここで終わりである。ということでまた参加という方々が
多い。ただ、この釣りは慣れててもかなり面白い。

ランチだがかなりボリュームがある。日本のように炭水化物が多くはなく肉と多くの
野菜で構成されている。かなりいい感じのランチである。ちゃんと食べれば夕飯も抜かせれる程
ボリュームが多い。

この日の午後は浮かせ釣りがかなり面白かった。投げてカレントにのせているだけ
でいずれか「バフッ」という音とともにルアーが吸い込まれる釣りである。
笠プロが数年前に開発したメソッドでブラウン等のほっとけ同様に浮かせとくだけで
ヒットするがある程度でちょっと動かすぐらいはやったほうがよいようである。


この日バラだけで70本ぐらいは釣っていると思う。キャプテンデイブ恐るべしである
今は兼業だが来年から専業に戻るらしい。常にチャレンジし続ける姿勢がすばらしい。
釣り人としての理想的な生き方の1つを示している。今は彼が何を話しているかは
はっきりわかるが15年前はかなり苦労した。その頃も辛抱強く付き合ってくれた


バラマンディの理想的なフッキングこの状態がもっともいいタイミングでルアーを動かしている
状態。
初めてオーストラリアに来たとき。英語はまったく話せなかった。釣りも二十代で完成など到底及ばぬ
程の腕だったと思う。何より船に酔うというまさに何しに来たの?状態で「くそったれチーム」、と
ガイドから罵られ随分悔しい思いをしたと思う。金払って駄目だししてもらって本当にご苦労さん
であるがあの頃の自分が今の私を構成しているのは間違いない。プロの釣り人やガイド船の船長
の本当に有名な人間から学ぶことは結構多い。最も行ってほしいのは日本の釣り船の船長である。
遊魚とはこういう風にあるものというお手本がそこにある。船長と呼ばれるもののプライドは相当に高い。
決して客の間から竿を出して魚を釣ったりはしない。それに客に針の付いた魚すら触らせることはない。
ルアーメーカーの社員という立場もあって最高に有名な船に3日乗ってこれまた有名なガイドに4日も
付き合ってもらって勉強させられた記憶は今も鮮明に覚えている。おかげでポッピングでの釣りを日本
でポピュラーにした人と呼ばれるようになったが今やそれを知っている人も多くはない。